鹿児島・大隅地方の夜道にあらわれる、一反ほどの白い布の妖怪。ひらひらと飛んできて、人の首や顔に巻きつくという。
伝承
鹿児島・大隅地方、肝属郡高山町(現・肝付町)の夜道には、一反ほどの白い布が現れるという。地元では「イッタンモンメン」、あるいは「いったんもんめ」と呼ばれてきた。この怪異を記録したのが、地元出身の教育者・野村伝四と、民俗学者・柳田國男の共著『大隅肝属郡方言集』(1942年)である。
イッタンモンメン お化けの一種。長さ一反もある木綿の様な物がヒラヒラとして夜間人を襲ふと言ふ。
— 野村伝四 著・柳田國男 編『大隅肝属郡方言集』(1942)より一反は布の長さの単位で、およそ十メートル。その白い布が夕暮れから夜にかけて飛び、人の顔をおおい、首に巻きついて締めあげるという。ただ宙を舞うだけの姿が、なぜこれほど恐ろしいのか。布は軽く、音もなく、闇によく紛れる。気づいたときには、もう巻かれている。
語り継がれた話のなかには、こんなものもある。ある男が夜に家路を急いでいると、白い布がふいに飛んできて首に巻きついた。男が腰の脇差を抜いて切りつけると、布はふっと消え、あとには男の手に血だけが残っていた——布が、血を流す。ただの布ではない、何かがそこにいた、と思わせる一話である。

なぜ、この土地で
大隅は、街灯などない時代、夜になればただ暗い土地だった。野辺の道、木立のあいだ——どこで何に出会うか分からない夜の不安が、暮らしのすぐ隣にあった。
一反木綿は、その「夜道の危うさ」に布のかたちを与えた怪異だ。なぜ布なのかは分からない。だがひらひらと白いものが闇に浮かぶ姿は、見た者の恐れをそのまま映している。
絵の出自
この妖怪の「かたち」は、どこから来たか
伝承が伝える、布の怪異

一反木綿のかたちは、大隅地方の民間伝承のなかで語り継がれてきた。決まった一枚の名画があるというより、土地の語りそのものが、白い布という輪郭を育ててきた怪異である。
このページの絵は、その土地が語り継いだ布の姿を、独自の新解釈で作り変えることなく描いている。伝承のかたちを尊重し、夜空を舞う一反の布として表す。
石燕は木版、のちの絵師は墨と筆。わたしたちもまた、いまの筆で。道具は変わっても、向き合う相手は同じ——夜の向こうの、見えないもの。
諸国の、布の怪
夜の闇から白いものが襲ってくる——この恐れは、大隅にかぎったものではない。
各地に、よく似た怪異が伝わっている。佐渡島の「衾(ふすま)」は、夜道で人の顔をおおう布のばけもの。愛知県の「布団被せ(ふとんかぶせ)」は、その名のとおり布団のように人にかぶさってくる。布や反物が人を襲うという想像は、土地を変え、かたちを変えて、各地に根を張っている。
名前そのものにも、面白い説がある。「イッタンモンメン」の「メン」は、この地方では妖怪をさす言葉でもあった。だとすれば、これは「一反の木綿」ではなく「一反物の、メン(妖怪)」——布のばけもの、という意味だったのかもしれない。
この大隅の一反木綿に魅せられた一人に、漫画家の水木しげるがいる。彼もまた、土地に息づいていたこの白い布の怪異に出会い、心を惹かれ、自らの作品のなかへ迎え入れた。そうして一反木綿の名は、海を越えて多くの人の知るところとなっていく。けれど、その気配がいちばん濃くたちこめるのは、やはりここ——肝付の夜道である。白い布は、いまも大隅の闇のどこかを、静かに漂っている。
解釈
一反木綿が本当にいたかどうかより、大隅の人々が夜の闇に何を見ていたかが大切だ。布が飛んでくるという奇妙な想像は、灯りのない夜道のこわさを、忘れないためのかたちだった。闇を侮るな——そんな声が、白い布になって今も舞っている。
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