鹿児島・奄美のガジュマルの森に棲む妖怪。子どもほどの背で全身赤い毛、頭に皿をのせ相撲を好む。木を切れば祟り、木こりを助けもする境の番人。
伝承
鹿児島・奄美群島には「ケンムン」あるいは「ケンモン」と呼ばれる妖怪が伝わる。名は「化の物・怪の物」の訛りといわれ、得体の知れない霊的な存在を指す。幕末の記録『南島雑話』は、これを「水蝹(けんもん)」と記した。
相撲を好み、人に会えば挑む。頭に皿があり、河童に似たり。かつては人に害をなさず、木こりの薪を運ぶを助け、人けの多き所よりは退散す。
名越左源太『南島雑話』(幕末・奄美市立奄美博物館所蔵)の記述より要約「ケンムン博士」と呼ばれた民俗学者・恵原義盛の採録によれば、子どもほどの背丈、全身赤い毛、手足は細長く、山羊のような強い匂いを放ち、涎は青白く光る。ガジュマルやアコウの老木を住処とし、夜は海辺で魚を漁る。苦手はタコ。
各地の採録では、住む木を切ると祟る(大風が吹く、片目を抜く)といい、魔除けにスイジガイやテングガイなど角のある貝を門に飾った。

なぜ、この土地で
ケンムンが現れるのは、ガジュマルの森と、集落や海辺のちょうど境目である。木を切れば祟り、正しく敬えば木こりを助ける。それは、島の人々が自然と結んできた約束事そのものだ。「あんまりそうしているとケンムンが来るぞ」と危ういことをする子を戒め、「キセルがなくなった、ケンムンがとった」と日常の困りごとを丸く収める語りも残る。恵原義盛は、ケンムンを「奄美という空間の、存続と秩序を維持してきた要素の一つ」と評した。森を敬い、乱さない――ケンムンとは、その島の掟を人の姿に映したものだといえる。
絵の出自
この妖怪の「かたち」は、どこから来たか
絵の出自

『南島雑話』のケンムンは、頭に皿があり河童に似て描かれた。左源太が島人から話を聞き、河童の像を借りて写したためともいわれる。だが奄美のケンムンは、水辺ではなくガジュマルの老木に宿り、全身は赤い毛におおわれる。ここでは石燕・国芳らの妖怪画の系譜を踏まえつつ、奄美の亜熱帯の緑と、ケンムンの赤い気配で、北の河童とは異なる南の姿を描いた。特定の現代作家の図像はなぞらず、いまの筆で。
石燕は木版、のちの絵師は墨と筆。わたしたちもまた、いまの筆で。道具は変わっても、向き合う相手は同じ——夜の向こうの、見えないもの。
北の河童・南のケンムン
頭の皿、相撲好き、水辺との縁――ケンムンは、岩手・遠野の河童とよく似た特徴を持つ。だが河童が北の淵に棲むのに対し、ケンムンはガジュマルの木に宿る。沖縄のキジムナーとも兄弟のような間柄だ。日本列島を南北に貫く「境界の妖怪」の系譜として、河童とケンムンは一本の糸でつながっている。
解釈
河童(いたずら)・座敷童子やオシラサマ(福・守り)・山男やヤンボシ(山の畏れ)・ガモジン(里の戒め)に対し、ケンムンは"境界"の顔だ。森と集落、自然と人、畏れと親しみ――そのどちらでもある曖昧さこそケンムンの本質だと考え、怖い妖怪にも可愛い妖精にも振り切らず、両義性を残した。
本文は出典の内容を自分の言葉で要約したものです。原典の長文転載は行いません。異説がある場合は併記し、確認のとれた情報のみを掲載します。記載に誤り・異説をご存知の方はおたよりからお知らせください。