壱 髑髏は、すぐには見えない
一八九〇年、月岡芳年は『新形三十六怪撰』に「清盛福原に数百の人頭を見る図」を描いた。

手前にいるのは平清盛である。福原の屋敷で刀を引き寄せ、背後を睨んでいる。
だが、題にある「数百の人頭」は、画面いっぱいには並んでいない。清盛の後ろにあるのは、淡い大きな円と、二つの黒い穴。しばらく見ていると、その円が頭蓋に、穴が眼窩に見えてくる。
髑髏は、最初からそこにいる。
こちらが気づくまで、姿を現さない。
弐 国芳が出した骨を、芳年は隠した
芳年の師・歌川国芳は「相馬の古内裏」で、巨大な骸骨を御簾の向こうから出現させた。肋骨も指も歯も描き、人間と同じ画面で襲わせた。
若い芳年も『和漢百物語』では、鬼の姿や切り落とされた首を、鮮やかな色と線で画面の手前に置いた。

それから二十年以上。晩年の芳年は反対へ進む。
骨の細部を描かず、怪異のほとんどを背景へ沈めた。代わりに大きく置いたのは、それを見ている清盛である。肩越しの顔、刀へ伸びる手、黒い穴へ向く眼。その視線を追った先で、見る者も髑髏を発見する。
怪異を見せる前に、怪異を見た人を見せる。
芳年の一枚では、恐怖がこの順番で届く。
参 動いているのは、見る側の目
『平家物語』では、福原の庭に無数の髑髏が転がり出る。それらは絡み合って一つになり、庭に収まらないほどの巨大な髑髏となって、清盛を睨み返す。物語が語る大きさは十四、五丈。今の長さにすれば、およそ四十五メートルにもなる。
原話には、転がる、集まる、睨むという動きがある。ところが芳年は、その途中を一枚も描かない。すべてが終わり、清盛と髑髏が向き合った一瞬だけを残した。
同じ晩年の『新形三十六怪撰』にある「清玄の霊」も、白い気配と人物の姿が重なり、どこまでが現実かを曖昧にする。

怪異の輪郭を閉じず、見る者の目に続きを委ねる。
それでも、絵は止まらない。
二つの黒い穴を眼だと気づいた瞬間、背景だったものが顔へ変わる。次に見直したときには、もう元の円には戻らない。
芳年が動かしたのは、紙の上の髑髏ではない。
絵を見る、こちらの目である。
主な出典:『平家物語』巻第五「物怪之沙汰」/国立公文書館「平家物語――妖しくも美しき――」/東京都立図書館デジタルアーカイブ/太田記念美術館「月岡芳年 妖怪百物語」。諸説ある箇所は断定を避けています。
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