当サイトの妖怪の多くは、岩手・遠野の土地に伝わっている。河童、座敷童子、オシラサマ、マヨヒガ、オクナイサマ、山男——その源をたどると、一冊の本に行き着く。柳田國男『遠野物語』。前回まで「絵師でたどる」で妖怪のかたちを追ってきたが、今回からは「本でたどる」。妖怪の”語り”がどこから来たのかを、たどっていく。
壱 語り手と、書きとめる人
『遠野物語』は明治四十三年(一九一〇)、柳田國男が世に出した。だが、物語を語ったのは柳田ではない。遠野・土淵の佐々木喜善という一人の青年が、故郷に伝わる話を柳田に語り、柳田がそれを書きとめ、編んだ。語り手と、書きとめる人。この二つの手を通って、遠野の口伝えは一冊の本になった。
弐 願はくは、平地人を戦慄せしめよ
序文で、柳田はこう記している。「願はくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」。文明を当たり前とする都会の人びとに、山の向こうにはまだこんな世界があるのだと、震えるほどに伝えたい——そういう願いだった。神隠し、山人、河童、座敷童子。百十九の短い話は、遠野という土地の暮らしと、その闇のなかの気配を、そのまま写している。
参 普通の人々の歴史
柳田は「日本民俗学の父」と呼ばれる。彼が見ようとしたのは、名高い英雄の歴史ではなく、名もなき普通の人びとが日々を生き、語り継いだ営みのほうだった。『遠野物語』は、その原点である。妖怪の話は、ただの怪談ではない。そこには、土地に生きた人びとの心と暮らしが宿っている。
この媒体もまた、土地の語りを書きとめようとしている。遠野の河童を、座敷童子を描くとき、私たちは石燕たちのかたちを借りながら、その奥にある『遠野物語』の——語り手と、土地の——記憶を、消さずに伝えたい。
主な参照: 柳田國男『遠野物語』(明治四十三年・一九一〇)。青空文庫等で公開。本連載の記述は公刊資料に基づき、諸説ある箇所は断定を避けています。
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