眠ると体は座敷いっぱいに膨らみ、いびきは車の轟きになる。寝床に敷かれた十符の菅薦は、宮城県利府町でいま再び編まれている。
伝承
女が眠る。
ひと息ごとに体がふくらむ。布団を押しのけ、夫の寝場所を奪い、ついには座敷いっぱいになる。いびきは車が轟くように響いた。
目を覚ませば、もとの美しい女に戻る。夜だけ、部屋の広さが足りなくなる。
名は寝肥。桃山人の『絵本百物語』で、竹原春泉斎が描いた。
むかし、みめうつらかなる女ありしが、ねぶれる時はその身座敷中にふとり、いびきのこゑ車のとどろくがごとし。これなん世にねぶとりといふものにこそ。
『絵本百物語』「寝肥」の画中文字より。読みやすい表記に改めた。本文は寝肥を「女の病のひとつ」と呼び、奥州では寝相の悪い者をそう呼ぶと記す。
人を襲うとは書かれていない。呪いも、祟りもない。眠り、膨らみ、大いびきをかく。それを見た男の愛想が尽きる——怪談の矛先は、眠っている女のほうへ向けられている。
その説明の途中で、奥州の女が夫婦の寝床をどう分けたかという話が出る。寝床は「十符の菅薦」。みちのくの歌に詠まれた、十列に編む菅の敷物だった。

なぜ、この土地で
『絵本百物語』が書く地名は「奥州」までである。女がいた村も、屋敷も分からない。
けれど、寝床には土地の名が残った。
十符の菅薦は、陸奥の歌枕として知られた敷物で、いまの宮城県利府町と結びついている。宮城県は、菅を十列に編んだ敷物が都へ献上され、利府という地名の由来になったと紹介する。
町の説明によれば、その製作技術はいったん途絶えた。明治以後、作られなくなったためである。それをいま、利府町と町民が材料の確保から編み方まで調べ、復元している。
寝肥の巨体ばかり見ていると、画面の下の敷物は見落とす。だが、女の体を受け止めていたものを追うと、話は奥州という広い名から、利府の菅と人の手へ降りてくる。
妖怪を見た座敷は残っていない。妖怪の下に敷かれたものは、土地へ帰っている。
絵の出自
この妖怪の「かたち」は、どこから来たか
座敷を埋める女、その下の敷物

「寝肥」は、桃山人の『絵本百物語』に収められ、竹原春泉斎が描いた。
原画の女に牙も角もない。目を閉じた顔は穏やかで、異変はただ大きさにある。体は寝具と重なり、頭から足先までが座敷の幅を奪っている。人の形を崩さず、部屋との釣り合いだけを壊した絵である。
画中には十符の菅薦を引く本文が添えられる。巨大な女と、土地から届いた敷物が、一枚の中で重なっている。
今井秀和は、この図像に九相図の「肪脹相」との近さを読み、睡眠を一時的な死として捉える見方を示した。これは後世の研究による解釈であり、『絵本百物語』本文がそう説明しているわけではない。
石燕は木版、のちの絵師は墨と筆。わたしたちもまた、いまの筆で。道具は変わっても、向き合う相手は同じ——夜の向こうの、見えないもの。
解釈
寝肥は、眠ったまま何もしない。
騒ぐのはいびきで、困るのは隣で寝る男である。本文は女を「色気がない」「騒がしい」と評し、愛想が尽きると書く。怪物にされた理由は、悪事ではなく、誰かにとって寝姿が見苦しかったことだった。
眠っている人は、自分の姿を選べない。口が開いても、寝返りを打っても、見ている側に言い返せない。そこへ「病」や「変化」という名を置けば、ただ眠る女は座敷を埋める妖怪になる。
それでも原画の女は、苦しそうではない。体は大きく、座敷は狭い。見ている側の尺度だけが、押し返されているようにも見える。
寝肥は眠ったままである。動いたのは、彼女を怪物にした側のまなざしだった。
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