芝居見物へ来た古狸は、犬に襲われても二十三日、人の姿を解かなかった。土地を渡るたび話まで化け続けた、淡路の芝右衛門狸の物語。
伝承
犬に襲われて死んだ。それでも、狸には戻らなかった。
人の姿のまま一日が過ぎ、十日が過ぎ、二十三日目まで正体を見せない。芝居を見に来た古狸・芝右衛門は、死んだあとまで化け続けたという。
桃山人の『絵本百物語』に、その名は「芝右衛門狸」として出てくる。
淡路国に芝右衛門という古狸がいた。竹田出雲の芝居を見に来て犬に食い殺されたが、二十三日のあいだ正体を現さなかったという。
『絵本百物語』「芝右衛門狸」の画中文字より。読みやすい表記に改めた。芝右衛門は、芝居を見るため人に化けた。けれども犬の鼻だけは欺けず、群れに襲われて命を落とす。
ここで怪異は終わらない。普通の化け狸の話なら、死ねば正体が現れる。ところが芝右衛門の人の姿は二十三日も解けなかった。化ける技が優れていたのか。それとも、最後まで芝居の客でいたかったのか。

なぜ、この土地で
『絵本百物語』が置いた舞台は、淡路国の洲本である。
いま洲本城跡のある三熊山には、芝右衛門が住み、月夜になると腹鼓を打ったという話が残る。土地で語られる筋では、芝居好きの芝右衛門が人に化けて大阪へ渡り、中座へ通う。木の葉を銭に変えて入場していたが、犬に見破られて命を落とす。それから客足が落ちたため、芝居関係者が芝右衛門を祀ったという。
本のなかでは洲本。土地で育った話では大阪。二つは同じ筋ではない。けれども、芝右衛門が芝居を愛し、人に化け、犬に見破られる芯はつながっている。
大阪中座で「おたぬきさん」と呼ばれた像は、閉館後の一九九九年に洲本へ戻った。三熊山の祠、洲本八幡神社の祠、そして大阪から帰った像。芝右衛門は一度きり人に化けたのではない。物語そのものが、土地を渡るたびに姿を変えてきた。
絵の出自
この妖怪の「かたち」は、どこから来たか
人と狸の境目が、一枚の身体にある

「芝右衛門狸」は、桃山人の『絵本百物語』に収められ、竹原春泉斎が描いた。
絵の中心にいるのは、狸ではなく老人に見える。緑の格子の着物、頭を包む青い布、苦しげに伏せた人の顔。その周りへ犬が次々に食いつく。着物の下から太い尾と獣の脚が現れ、そこで初めて、見ている者は老人の正体を知る。
春泉斎は、化ける前と化けた後を二つの姿に分けなかった。人と狸の境目が崩れる一瞬を、一枚の身体に重ねている。それでも顔だけは人のまま残る。二十三日解けなかったという化け方を、絵は先に見せている。
石燕は木版、のちの絵師は墨と筆。わたしたちもまた、いまの筆で。道具は変わっても、向き合う相手は同じ——夜の向こうの、見えないもの。
解釈
芝居では、人が別の誰かになる。
役者は衣装をまとい、声を変え、舞台の上で人ならぬものにもなる。客はそれが化け物だと知りながら、一夜だけ信じる。芝右衛門がそこへ人の姿で紛れ込んだなら、芝居小屋には二種類の化身がいたことになる。
一方は、幕が下りれば役を解く人間。もう一方は、幕が下りても、死んでも、人の姿を解かなかった狸。
犬は芝右衛門を見破った。だが物語は、犬より長く彼の化け方を守った。洲本から大阪へ、そしてまた洲本へ。化けたのは狸だけではない。話もまた、語られる土地に合わせて姿を変えた。
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