宮崎で「泣き止まんとガモジンが来るぞ」と子を戒めるときに呼ばれた、姿のない化け物。ガモジンとは“おばけ”そのものを指す古いことばである。
伝承
宮崎市や西都市のあたりでは、泣き止まない子に「泣き止まんとガモジンが来るぞ」と言い、悪さをする子を「ガモジンに咬ませるぞ」と叱った。ガモジン、あるいはガモとは、特定の一体の妖怪の名ではない。化け物・おばけそのものを指す、古い幼児語である。だから、その姿や形は語られていない――不明のままだ。
泣き止まんと、ガモジンが来るぞ。/悪いことをすると、ガモジンに咬ませるぞ。
宮崎市・西都市周辺の子育ての語りより(宮崎県総合博物館研究紀要 第三五輯・小山博 2015)柳田國男は「おばけの声」のなかで、この種の呼び名が九州から四国・近畿にかけて広がっていることを書きとめた。鹿児島で「ガモ・ガモジン」、長崎で「ガモジョ」、紀州熊野で「ガモチ」、飛騨で「ガガモ」。宮崎のガモジンも、その大きな分布の一点である。
柳田の見立てでは、もとはおばけ自身が「かもう(咬もう)」と名乗って現れ、その声がいつしか名になったのではないかという。姿より先に、声で恐れられた妖怪。それがガモジンだ。

なぜ、この土地で
ガモジンが立ち上がるのは、山でも淵でもなく、里の暮らしのただ中――子をあやす親の口元である。日が暮れて、子をはやく家へ入れたいとき、戸締まりの時刻を告げる声として「ガモジンが来るぞ」は使われた。姿が定まらないからこそ、ガモジンはどんな闇にも宿れた。納戸の奥、軒下、暮れていく路地。子どもにとっては、夜そのものの不安が「ガモジン」という一語に凝った。これは脅しであると同時に、暗くなったら家に帰る、という暮らしのリズムを子に刻む装置でもあった。
絵の出自
この妖怪の「かたち」は、どこから来たか
絵の出自

「姿なき怖さ」を、どう絵にするか。鳥山石燕が余白と気配で妖怪を描いたように、歌川広重が夕暮れの村に翳りを置いたように――ここでも怪物は描かない。灯りのともる戸口、子を呼ぶ親の小さな影、そして路地の端に集まっていく藍の闇。ガモジンは画面のどこにも「いない」が、闇のすべてに「いる」。現代の図像はなぞらず、いまの筆で、子どもが感じた夕闇の畏れを写した。
石燕は木版、のちの絵師は墨と筆。わたしたちもまた、いまの筆で。道具は変わっても、向き合う相手は同じ——夜の向こうの、見えないもの。
声の妖怪たち
ガモジンは「ガ行の物すごい音」で化け物を呼ぶ一群――ガゴ、ガンゴ、ガモジョ、ガガモ――の、宮崎での姿である。ヤンボシ(山伏の影)が"見える怖さ"なら、ガモジンは"聞こえる怖さ"。九州クラスタに、声と気配の妖怪が一つ加わる。
解釈
河童(いたずら)・座敷童子やオシラサマ(福・守り)・山男やヤンボシ(山の畏れ)に対し、ガモジンは里と家のなかの"戒め"の顔だ。怖がらせるための妖怪ではなく、暗くなる前に子を家へ帰す、暮らしの知恵が声になったもの。姿を確定させないことが、この妖怪への一番誠実な描き方だと考え、本文でも「不明」を魅力として残した。
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