夜、女の首がろくろのように伸びる。あるいは胴から抜けて闇を飛ぶ——首の伸びる者と飛ぶ「抜け首」、二系統がある。八雲『怪談』は甲斐の山中の抜け首の一夜を伝える。
伝承
見慣れた顔の、その首が――夜ごと、ほどけていく。ろくろ首の怖さは、遠くの化け物ではなく、すぐそばの人の輪郭にある。
ろくろ首には、二つの系統がある。ひとつは、寝ているあいだに首がろくろのように長く伸びる型。もうひとつは、首が胴からすっと抜けて闇を飛ぶ「抜け首」型で、これは中国の古書『捜神記』などに見える「飛頭蛮」――頭が胴を離れて飛び、耳を翼のようにして舞う怪異――の系譜に連なる。小泉八雲は『怪談』(一九〇四)に「ろくろ首」を収めた。主人公は、もと九州菊池家の武士・磯貝平太左衛門武連。主家の滅亡ののち出家し、旅の僧・回龍となった。甲斐国(いまの山梨県)の山中に入った回龍は、樵の家に一夜の宿を借りる。夜更け、眠るふりをした回龍は、家の者たちの首がことごとく胴を離れて飛び回るのを見た。人にまぎれて棲み、旅人を狙う、抜け首の一族であった。だが回龍は肝が据わり、抜けた首が胴へ戻れぬよう胴を動かして、この怪をしりぞけたという。
小泉八雲『怪談』「ろくろ首」(1904)/ろくろ首の二系統・飛頭蛮より要約鳥山石燕は『画図百鬼夜行』(一七七六)に、夜、女の首が長く伸びるさまを「ろくろ首」として描いた。首が「抜けて飛ぶ」飛頭蛮の系統と、首が「伸びる」石燕の系統――二つの型が重なって、私たちの知るろくろ首になった。

なぜ、この土地で
舞台は甲斐――いまの山梨。富士と南アルプスに挟まれ、街道を一歩それれば、たちまち深い山に入る国である。旅の僧が道に迷い、山家に一夜の宿を乞う。その山家の者が、実は人にあらざるものだった――甲斐の山深さは、この筋立てにいかにも似合う。峠と山宿のあわいに、怪談は生まれた。おもしろいのは、この甲斐の一夜を世界に届けたのが小泉八雲だったことだ。松江に暮らし、日本の怪談を英語で書きとめた八雲は、飛頭蛮という東アジアの古い記憶と甲斐の山の恐怖とを結び、「ろくろ首」を一篇の物語に仕立てた。土地の怪異が書物になって海を越える――ろくろ首は、その道すじをたどった怪でもある。
絵の出自
この妖怪の「かたち」は、どこから来たか
伸びる首を描いた――石燕の一図

ろくろ首の姿を決定づけたのは、鳥山石燕の『画図百鬼夜行』である。石燕は、夜、女の首がろくろのように長く伸びるさまを描いた。行灯のあかりに照らされて、ほっそりと伸びていく首――この一図が、のちのろくろ首像の背骨になった。首が「抜けて飛ぶ」飛頭蛮の系統と、首が「伸びる」石燕の系統。二つの型が重なり合って、私たちの知るろくろ首になった。この媒体の絵も、その石燕の系譜に連なるものとして、いまの筆で写した。
石燕は木版、のちの絵師は墨と筆。わたしたちもまた、いまの筆で。道具は変わっても、向き合う相手は同じ——夜の向こうの、見えないもの。
伸びる首と、抜ける首
ろくろ首と一口に言っても、そのふるまいは二通りある。首が長く伸びるだけの者は、しばしば本人すら気づいていない。夜、魂だけが抜け出て、首がそれを追って伸びるのだ、とも説かれた。いっぽう抜け首は、首が完全に胴を離れ、灯火や好物を求めて夜を飛ぶ。朝には何食わぬ顔で胴に戻り、人として起き出す。首の付根に一本の筋が走り、そこに梵字が一字あるとも伝わる。伸びる首と、抜ける首。どちらも、ひとつの体が夜ごと二つにほどける怪である。
解釈
河童(いたずら)・むじな(驚かし)・雪女(禁忌)・お菊(怨)・アマビエ(予)に対し、ろくろ首は"化(ばけ)"の顔だ。飛びかかって噛むより、まず、ぞっとさせる。昼は隣にいるふつうの人。その首が、夜には伸び、あるいは抜けて飛ぶ。見慣れた顔の内側に、見知らぬものが棲んでいる――ろくろ首の怖さは、遠くの化け物ではなく、すぐそばの人の輪郭が、夜ごと静かにほどけることにある。
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