もののけみーつけた YOKAI FOLKLORE
船幽霊(ふなゆうれい)の浮世絵

中国 ・ 山口県 下関市(関門海峡・壇ノ浦沖)

船幽霊(ふなゆうれい)ふなゆうれい

Funayurei (The Boat Ghosts) ・ 海の妖怪(水死者の霊)

時化の夜、海の上から声がする——「柄杓を貸せ」。渡せば海水を汲んで船を沈めるので、船乗りは底を抜いた柄杓を渡した。関門海峡では壇ノ浦の平家の死霊の仕業と伝わる。

伝承

夜の海は、音の世界である。波の音、風の音、櫓のきしみ。灯りの乏しかったころ、時化や霧の晩に海へ出た者は、その音のなかに、聞こえるはずのない声を聞いた。船幽霊の話は、そんな晩に生まれた。

時化の晩、あるいは霧の深い晩。海の上から声がする。「柄杓を、貸せ」。波間に白いものが群れて浮かぶ――白装束に、額には三角の紙冠。海で死んだ者たちの姿である。柄杓を渡せば、それで海水を船に汲み入れられ、船は沈む。桶ごと掲げて汲み入れる、ともいう。だから船乗りは、あらかじめ底を抜いた柄杓を積んでおき、それを渡した。汲んでも汲んでも、水はたまらない。やがて亡者たちは波の下へ沈み、夜が明ける。

桃山人・竹原春泉『絵本百物語』(1841)「舩幽霊」および各地の採録より要約

呼び名は土地ごとに変わる。福島では「イナダカセ」――いなだとは船の柄杓のことで、穴をあけて渡さねば水を入れられるという。九州の西の海では「ウグメ」――風もないのに帆船が追ってくる。山口の相島では「夜走り」――白帆の船と並んで、何かが走る。祀られぬまま海に沈んだ者への畏れが、列島の海辺のいたるところで、この怪を語らせた。

船幽霊(ふなゆうれい)の場面

なぜ、この土地で

関門海峡は、本州と九州のあいだで海がもっとも狭まる場所である。潮は一日に四度流れを変え、早鞆の瀬戸には渦が巻く。古くから船が行き交い、そして船が沈んできた海である。寿永四年(一一八五)、この海で平家一門が滅んだ。幼い安徳天皇は海に沈み、武者たちも、女たちも、海に消えた。陸には赤間神宮が建ち、一門の墓が並び、いまも海に沈んだ者たちを祀りつづけている。夜の海峡で聞こえる声に、この土地の人びとは名前を与えた。あれは平家の死霊である、と。八百年前の記憶が時化の晩の畏れと結びついて、船幽霊はこの海の怪になった。

絵の出自

この妖怪の「かたち」は、どこから来たか

白装束の亡者たち――春泉の一枚

船幽霊(ふなゆうれい)の浮世絵

船幽霊のすがたを最もよく伝えるのは、桃山人が文をつけ竹原春泉が絵を描いた『絵本百物語』(一八四一)である。詞書は西海の船幽霊を平家一門の死霊と言い伝えるが、絵に描かれているのは甲冑の武者ではない。白装束に天冠の亡者たちが波間から現れ、桶を頭上に掲げ、波の間には怪しい火が燃えている――海で死んだ者の、亡者そのものの姿である。この媒体の絵もその系譜に連なるものとして、いまの筆で写した。

石燕は木版、のちの絵師は墨と筆。わたしたちもまた、いまの筆で。道具は変わっても、向き合う相手は同じ——夜の向こうの、見えないもの。

底を抜いた柄杓

この伝承の要は、対処の作法にある。突っぱねるのでも、退治するのでもない。底を抜いた柄杓を、黙って渡す。求めには形だけ応えて、しかし船は沈めさせない。海で生きる者が、海で死んだ者と折り合うための、ぎりぎりの礼儀である。妖怪の話でありながら、これは海辺に生きた人びとの、死者とのつきあい方の記録でもある。

解釈

河童(いたずら)・磯女(渚の畏れ)・むじな(驚かし)・雪女(静かな死)に対し、船幽霊は"渇き"の顔だ。水を乞い、柄杓を乞い、船に乗ろうとする。害の形をとるが、その根にあるのは、祀られぬまま海に沈んだ者の渇きである。怖さと哀しさが、同じ声から聞こえてくる。

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