もののけみーつけた YOKAI FOLKLORE
ダイダラボッチの浮世絵

関東 ・ 茨城県 土浦市・水戸市

ダイダラボッチだいだらぼっち

Daidarabotchi ・ 山と湖の妖怪

筑波山に腰を下ろし、霞ヶ浦で足を洗う。常陸に伝わるダイダラボッチは、山を腰掛けにしてしまう大男。山頂が二つに分かれたのも、そのためだという。

伝承

筑波山に腰を下ろし、霞ヶ浦で足を洗う。

山の上にいるのは、常陸の大男、ダイダラボッチ。
腰掛けているうちに、足は湖まで届いてしまう。

あの二つの峰は、大男が座ったために分かれたのだという。
山を見上げ、湖へ目を移す。
そのあいだに、膝を折った大きな体が収まる。

筑波山に腰掛けて霞ヶ浦で足を洗ったりしました。

日向野徳久『茨城の民話1』(未来社、1977年)102頁「でえだら坊」。土浦市立図書館の調査回答に掲載された引用による。書籍本体は未照合。

足を洗う。それだけの話なのに、腰掛けには山がひとつ、足もとには湖がいる。

『水戸の民話』には、筑波山の二つの峰も、この大男が座ったためだという話が紹介されている。山頂のくぼみに、尻を据えた跡が残っている。そう聞いてから眺める筑波山には、まだ誰かが座れそうだ。

湖に浸かるダイダラボッチの両脚と波紋のイメージ

なぜ、この土地で

食べ終えた貝の殻が、岡になる。

『常陸国風土記』の大櫛の岡には、そんな大食らいがいる。丘に座ったまま、海辺へ手を伸ばして貝を取る。積もった殻が岡になったというのだから、ひとつふたつ、つまんだのでは済まない。

こちらは、いまの水戸市にある大串貝塚に結びつく話だ。ただし、この本文に「ダイダラボッチ」という名前はない。霞ヶ浦で足を洗う話とも別の記録である。

いま、大串貝塚ふれあい公園にはダイダラボウ像が立っている。巨人を見上げたら、貝塚のほうにも目を向けたい。そこに積もっている殻を、昔の人は大男の食べかすと呼んだ。

絵の出自

この妖怪の「かたち」は、どこから来たか

山に腰掛ける、大男の姿

筑波山に腰掛け、霞ヶ浦へ足を伸ばすダイダラボッチのイメージ

本記事の巨人は、山に座り、湖へ足を伸ばすという伝承から描いた。髪や衣装の細部を決める古い原図は、今回の調査では確認できていない。濃い藍の姿は、その大きさを見せるための当媒体の表現で、「黒い影だった」という伝承を示すものではない。

なお、石岡市井関には「ダイダラボッチ」と呼ばれる大人形も伝わる。藁と杉で作り、村境に置いて災厄を防ぐものだ。県の調査報告はその製作を詳しく記録するが、霞ヶ浦の巨人をかたどったとは説明していない。そのため今回の絵には、人形の武器や杉の体を取り入れていない。

石燕は木版、のちの絵師は墨と筆。わたしたちもまた、いまの筆で。道具は変わっても、向き合う相手は同じ——夜の向こうの、見えないもの。

解釈

山に座って足を洗い、丘に座って貝を食べる。

常陸の大男たちは、ずいぶん身近なことをしている。けれど、食べた跡や座った跡が、人の見上げる高さになってしまう。

山頂が二つに分かれているのを見て、そこに腰を下ろしたものを思う。岡に貝殻が積もっているのを見て、食べ終えた大きな口を思う。姿が見えなくても、土地のほうに体の跡が残っている。

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