もののけみーつけた YOKAI FOLKLORE
姥ヶ火の浮世絵

近畿 ・ 大阪府 東大阪市(枚岡・河内国)

姥ヶ火うばがび

Ubagabi ・ 戒めの妖怪

神社の常夜灯から油を盗んだ老女が、死んで火の玉になった。河内の枚岡では雨の夜、一尺ほどの火が里道を低く飛ぶ。盗んだものに、そのままなってしまった話。

伝承

常夜灯の油が、また減っている。

枚岡の社では、灯明の油を毎晩注ぎ足す。朝まで保つはずの量が、いつからか夜半で尽きるようになった。誰かが、汲んでいる。

盗んでいたのは、里の老女だった。

かつてある老女が、枚岡の社から灯油を盗んだ。その祟りで、死んでのちに怪火となったのだという。大きさは一尺ほど。雨の降る夜、社頭から里道へ、低く飛ぶ。

河内に伝わる姥ヶ火の伝承より(江戸期の記録の要約。原文引用ではありません)

——盗んだのは、油である。

死んで、油の火になった。

姥ヶ火の場面

なぜ、この土地で

油が高かった時代の話である。

菜種の油は安いものではなく、庶民の夜は暗いのが当たり前だった。日が落ちれば寝る。灯りをともして起きていられるのは、油を買える家だけである。

そのなかで、社の常夜灯だけは絶やさない。神の前の灯りだからだ。毎晩、誰かが油を注ぎ足しにいく。切らしてはいけないものとして、それは決められていた。

**盗まれたのは油であると同時に、「絶やしてはならない」というその約束のほうだった。**

枚岡神社は、河内国一之宮である。藤原氏が奈良に春日大社を建てるとき、ここから天児屋根命と比売神を分けて勧請した——それで「元春日」とも呼ばれる。社伝は、神武天皇の即位より前、天種子命が東方の山上、神津嶽に祀ったのが始まりだとする。

河内でいちばん古く、いちばん格の高い社である。その灯りを、盗んだ。

絵の出自

この妖怪の「かたち」は、どこから来たか

石燕は、賛に「河内国にあり」と書いた

鳥山石燕『画図百鬼夜行』安永五年(1776)より「姥が火」。賛に「姥が火 河内国にあり」。炎の渦が老女の貌をなす。パブリックドメイン。
鳥山石燕『画図百鬼夜行』安永五年(一七七六)より「姥が火」
賛に「姥が火 河内国にあり」
パブリックドメイン

鳥山石燕『画図百鬼夜行』、安永五年(一七七六)。「姥が火」がある。

描かれているのは、横に流れる一団の炎である。丸くうねる渦がいくつも連なって、その渦のかたちが、そのまま老女の顔をつくっている。目は炎と炎のすきま、口は渦の間の暗がり、皺は炎の線そのもの。顔だけを取り出すことはできない。火を消せば、顔も残らない。

下には竹垣と、雨に濡れたような笹の藪。

そして絵の脇に、石燕はこう書き添えている——**「姥が火 河内国にあり」**。

この火には、住所がある。

石燕のこの一枚は、江戸の版そのものです。当媒体の描き下ろしではありません。ほかの絵は、いまの筆で起こしたものです。

丹波では、罪が違う

姥ヶ火は、河内だけのものではない。

丹波にも、保津川のあたりにも、同じ名の火がいる。そちらの老女は、油を盗んでいない。子を預かると言って親から金を受け取り、その子を川に流していた、と伝わる。

同じ名前で、罪が違う。

解釈

「姥ヶ火」という名は、罪の名ではないのだと思う。

**老女が火になった、という「かたち」の名である。**
そこへ土地ごとに、その土地でいちばん許されないことが入った。

河内では、神の灯りを盗むこと。丹波では、子を殺すこと。

火の中身を見れば、その土地が何を最も恐れていたかが分かる。

枚岡の常夜灯は、いまも灯っている。

本文は出典の内容を自分の言葉で要約したものです。原典の長文転載は行いません。異説がある場合は併記し、確認のとれた情報のみを掲載します。記載に誤り・異説をご存知の方はおたよりからお知らせください。

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