もののけみーつけた YOKAI FOLKLORE
雪女(ゆきおんな)の浮世絵

中部 ・ 新潟県 越後(新潟県)

雪女(ゆきおんな)ゆきおんな

Yuki-onna (The Snow Woman) ・ 雪の妖怪(静かな死)

吹雪の夜、山小屋に白ずくめの美しい女が現れ、眠る者に白い息を吹きかけて凍てつかせる。けれど若い者は見逃し、「誰にも言うな」と雪へ消える。八雲『怪談』の名篇。

伝承

雪国の冬の夜は、長い。灯りの乏しかったころ、吹雪に閉ざされた小屋のなかは、音の世界だった。風のうなり、雪のきしみ、そして――戸を開けて入ってくる、白い足音のない足音。雪女の話は、そんな夜に語られてきた。

老木こりの茂作と、若い巳之吉は、吹雪に遭って渡し守の小屋に泊まった。夜更け、戸が開いて雪が吹き込み、白ずくめの女が入ってくる。女は茂作に顔を寄せ、白い息を吹きかけた。老人はそのまま凍えて動かなくなる。女は次に巳之吉を見つめ――その若さと美しさゆえに、殺さなかった。「今夜のことを、誰にも言うな。言えば、そのとき命はない」。そう告げて、雪のなかへ消えた。

小泉八雲『怪談』(1904)「雪女」の記述より要約

年を経て、巳之吉はお雪という美しい女を娶り、子をもうけて幸せに暮らした。ある雪の夜、彼はふと、あの吹雪の夜のことを妻に語ってしまう。お雪の顔色が変わる。「それは、わたしです」。約束を破った夫を、けれど彼女は子どもたちのために殺さず、ただ白い霧となって、戸口から雪のなかへ消えていった。

雪女(ゆきおんな)の場面

なぜ、この土地で

雪女は、越後や会津のような豪雪の地に、ことに濃く伝わる。八雲がこの話を聞いたのは武蔵国――いまの東京・青梅の農夫からで、青梅には「雪おんな縁の地」の碑も立つ。けれど雪女という怪そのものは、雪に閉ざされる冬の長い土地の、どこにでもいた。凍死という、静かで避けがたい死を、人は「美しい女のかたち」にした。恐ろしいのに、どこか哀しい。それは、雪そのものの性質でもある。

絵の出自

この妖怪の「かたち」は、どこから来たか

出典の、二つの層

雪女(ゆきおんな)の浮世絵

雪女には、はっきりした一つの原典がない。東北・北陸・信越の雪国に、それぞれ別の雪女譚があり、姿も名も害も違う。それらの散らばった口承に、決定的な「かたち」を与えたのが二人――絵では鳥山石燕『今昔画図続百鬼』(一七七九)、物語では小泉八雲『怪談』(一九〇四)である。とりわけ八雲は、巳之吉とお雪という名と、「見たことを言うな」という禁忌、そして妻の正体という結末を与え、雪女を一篇の文学に仕上げた。いま私たちが思い浮かべる雪女は、土地の伝承と、この八雲の一篇の、二つの層でできている。

石燕は木版、のちの絵師は墨と筆。わたしたちもまた、いまの筆で。道具は変わっても、向き合う相手は同じ——夜の向こうの、見えないもの。

なぜ、真夏に雪女なのか

怪談は、夏の風物である。暑い夜に、背筋の凍る話をして涼をとる――日本には、そういう文化があった。雪女はその王様のような存在だ。灼ける真昼のあとに、吹雪の小屋と白い女を思い浮かべれば、たしかに少し、涼しくなる。恐怖もまた、季節をめぐる。雪の降る土地の冬の記憶が、こうして真夏の物語として生き延びてきた。

解釈

磯女(渚の畏れ)やのっぺらぼう(見た瞬間の恐怖)に対し、雪女は"静かで、逃れられない死"の顔だ。吹雪も凍死も、悪意ではない。ただ、そこにある。雪女が美しく、そして哀しいのは、彼女が自然のむごさそのものだからだろう。しかも彼女は、人を愛し、子を産み、去っていく。恐怖と情の、あわいにいる妖怪である。

本文は出典の内容を自分の言葉で要約したものです。原典の長文転載は行いません。異説がある場合は併記し、確認のとれた情報のみを掲載します。記載に誤り・異説をご存知の方はおたよりからお知らせください。

この妖怪をもっとCROSS LINK
この妖怪にまつわるものBOOKS ・ MAKERS ・ GOODS

関連する書籍・作品・作家を紹介します。リンクはすべて外部の販売ページ/作家ご本人のショップへ。当サイトは販売を行いません。(※印はアフィリエイトを含みます)

この妖怪にまつわる書籍・作家・グッズを、ここで紹介していきます。
掲載はすべて外部の買える場所・作家ご本人のショップへ送客します(準備中)。

わかちあうSHARE