東京・赤坂の紀伊国坂の怪談。泣く女に声をかけると、振り向いたその顔には目も鼻も口もなかった——のっぺらぼう。逃げ込んだ蕎麦屋の主人もまた、顔がない。
伝承
東京・赤坂に、紀伊国坂という坂がある。赤坂見附から清水谷の方へ伸びるこの坂は、江戸のころ、日が暮れると誰も通らない寂しい道だった。小泉八雲『怪談』(一九〇四)所収の「貉(むじな)」は、この坂の話である。
ある夜、一人の商人が坂を通りかかると、若い女がうずくまって泣いていた。心配して声をかけ、顔を上げさせると――その顔には、目も、鼻も、口も、なかった。商人は悲鳴をあげて坂を駆け下り、蕎麦屋の屋台に転がり込む。主人は背を向けたまま「どうしました」と問う。息を切らして話そうとしたそのとき、主人がゆっくりと振り向いた。その顔にもまた、目も鼻も口もなかった。
小泉八雲『怪談』(1904)所収「貉」の記述より要約「むじな」とは、狸や狐、アナグマなど、人を化かす獣の総称である。物語に現れるその姿は「のっぺらぼう」と呼ばれる。八雲は、妻・節子から聞いた日本各地の伝説を再話し、独自の筆で『怪談』にまとめた。

なぜ、この土地で
紀伊国坂は、江戸期には紀州徳川家の屋敷に沿う坂だった。塀が長く続き、灯りもなく、夜には人通りが絶える。都のただなかにありながら、そこは確かな闇だった。妖怪は、山奥にだけ棲むのではない。人の多い町にも、灯りの届かない坂や辻がある。むじなの話は、都市の暗がりが人に何を見せるかを、そのまま写している。紀伊国坂は、いまも歩ける。
絵の出自
この妖怪の「かたち」は、どこから来たか
絵の出自

顔のない顔を、どう描くか。のっぺらぼうは、江戸の妖怪画にも通じる古い意匠だが、それを世界に知らしめたのは八雲の筆だった。ここでは石燕・国芳らPD絵師の系譜を踏まえつつ、夜の坂と提灯の灯りのなかに、その「空白」の気配を写した。特定の現代作家の図像はなぞらず、いまの筆で。
石燕は木版、のちの絵師は墨と筆。わたしたちもまた、いまの筆で。道具は変わっても、向き合う相手は同じ——夜の向こうの、見えないもの。
恐怖は、逃げた先に待っている
この話が世界的に知られたのは、二度おどろかせる構造による。追ってくるものより、逃げ込んだ先が安全でないことのほうが、人はこわい。むじなは人を殺さない。ただ、二度おどろかせる。悪意というより、悪戯である。
解釈
河童(いたずら)・磯女(渚の畏れ)・天狗(畏敬)・山男(山の畏れ)に対し、むじなは"驚かし"の顔だ。害をなさず、ただ人をからかう。都の坂の闇が生んだ、軽やかで、しかし忘れがたい怪である。
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