もののけみーつけた YOKAI FOLKLORE
皿屋敷のお菊(おきく)の浮世絵

関東 ・ 東京都 千代田区(牛込五番町・番町皿屋敷)※播州(姫路)は別系統

皿屋敷のお菊(おきく)おきく

Okiku (The Ghost of the Plate Mansion) ・ 幽霊(怨霊)

江戸・番町の屋敷。皿一枚を割った咎で下女お菊は井戸に身を投げた。夜ごと井戸から皿を数える声が響く——「一枚、二枚……九枚。一枚、足りぬ」。満たされぬ怨みの声。

伝承

夜の武家屋敷は、静かだ。堀と坂と、格式ばった屋敷が並ぶ江戸・番町。その一角の、裏の古井戸から、あの声はのぼった。

江戸・番町。牛込御門の内、五番町に、火付盗賊改・青山主膳の屋敷があった。承応二年(一六五三)の正月、下女のお菊が、主人の家宝である十枚揃いの皿の、その一枚を割った。隠されたのだ、とも伝わる。主膳は、皿一枚の代わりに、と言ってお菊の指を切り落とし、縄をかけて座敷牢に閉じ込めた。お菊は縄付きのまま抜け出し、裏の古井戸に、身を投げた。それからだ。夜ごと、井戸の底から、皿を数える女の声が屋敷じゅうに響くようになった。「一枚、二枚……九枚」。九まで数えて、「一枚、足りぬ」と泣く。そして、また一から数えなおす。

馬場文耕『皿屋敷弁疑録』(1758)ほかより要約

この声は承応の昔から語り継がれ、のちに岡本綺堂が戯曲『番町皿屋敷』(一九一六)に翻案した。皿屋敷はもう一つ、遠く播州・姫路にも伝わる――こちらは室町の世、家老・青山鉄山とお菊の物語で、別の系統である。

皿屋敷のお菊(おきく)の場面

なぜ、この土地で

番町は、江戸城の西を固めた旗本たちの屋敷町だった。堀と坂と武家屋敷が続く、格式ばった一角である。その一つの屋敷の、裏の古井戸。派手な化け物の出そうにない、静かな武家地の井戸から、あの声はのぼった。日常のすぐ隣に口を開けた井戸――そこが江戸の人びとの、恐れの在り処だった。屋敷はとうに無いが、名は残った。千代田区の帯坂は、お菊が髪を振り乱し、帯を引きずって上ったと伝わる坂である。地名が、消えた屋敷の記憶を今に留めている。そして皿屋敷は、遠く播州・姫路にも伝わり、世界遺産・姫路城の城内には「お菊井戸」がいまも現存する。江戸の番町と、播州の姫路。皿を数える声は、二つの土地に生きている。

絵の出自

この妖怪の「かたち」は、どこから来たか

皿が、身になる――北斎の一枚

皿屋敷のお菊(おきく)の浮世絵

お菊のすがたを最も鮮烈に焼きつけたのは、葛飾北斎の『百物語』「さらやしき」(一八三一〜三二)である。北斎はお菊を、美しい女の霊としては描かなかった。割れた皿が幾重にも連なって、蛇のように長い胴と首をなし、井戸から音もなく立ちのぼり、口から怪しい煙を吐いている――割った皿が、そのまま彼女の身体になっているのだ。咎の証が、姿になった一枚。この媒体の絵も、その系譜に連なるものとして、いまの筆で写した。

石燕は木版、のちの絵師は墨と筆。わたしたちもまた、いまの筆で。道具は変わっても、向き合う相手は同じ——夜の向こうの、見えないもの。

九枚で止まる声

この怪談の芯は、数が「十に届かない」ことにある。一枚、二枚、と数えていって、九で必ず止まる。足りない一枚は、割れた皿であり、切られた指であり、奪われた命である。埋まらない欠けが、声を終わらせない。皿を数える怪談が三百年語り継がれたのは、その"満たされなさ"が、誰の胸にも覚えのある痛みだからだろう。

解釈

河童(いたずら)・むじな(驚かし)・雪女(禁忌)・鵺(不穏)に対し、お菊は"怨"の顔だ。飛びかかりはしない。ただ夜ごと、井戸の底から数える。九まで数えて、また一から。害をなすというより、忘れさせてくれない。理不尽に奪われた者の、閉じない訴え――それがいちばん、静かに怖い。

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